【わが国と米国防標準化政策】
2014.11.1
ー わが国の国際標準化への道 ー
近年米国防総省(DOD)は米国だけではなく多数の同盟諸国との間で国際標準化推進活動を強化しており、NATO諸国やカナダ、オーストラリアといった文化的にも米国に近い同盟諸国はDOD主導による新しい標準化活動や取得改革を通じて相互運用性を高めており、着実に後方支援体制の強化を図っている。このような流れは今後益々多様化し文化的にも異なるアジア諸国を幅広く覆うものと考えられる。(DCメール 2014年11月1日 No.376)
MILスペックはMilitary Specification といい、直訳すると米軍仕様書である。米国防総省( DOD )が米軍の装備品の開発や調達をするための要求を技術的に記載したもので、表記方法も定められていて表題、概要、適用文書、要求、検証などの項目が順番に表記されている。MILスペックは個別案件毎に適用されるのでその数は3万件にも昇り、現在では米軍だけでなくNATO諸国を中心として世界中の国々で用いられ日本でも数多くの防衛装備品や航空宇宙機器あるいはそれらの役務( サービス )に賄われている。
MILスペックは宇宙や空間、深海、熱い砂漠地帯や熱帯雨林、北極や南極のような極寒地でもその性能を100%発揮するように材料、試験方法やその運用基準が定められている。そしてこのMILスペックには 多種多様な文書形式( Military Specification や Military Standard、Drawing, やHandbookなど )があり、数の上で Military Specification が圧倒的に多いためこの標準化文書全体のことを総称してMILスペックと呼んでいる。
MILスペックは航空機や電子通信システムなどの部品や材料のみならず、靴や帽子、缶詰や鉛筆削りといった特殊な生活用品や事務用品に至るまで何でもある。そこで例えばユーザはMILスペックが改訂されるたびに内容を精査し部品や材料を決定するが、受入検査時に多くの問題が生じていることも事実である。
DODによれば本日現在MILスペックの総数は29,232件にのぼる。この数はここ数年大きな変動は無い。一時はMILスペックが無くなるのではないかという噂が立ったがそれも間違いである。2005年のDODによるMILスペックの再活性化宣言によってむしろ増加傾向にあるといえよう。
さて世界の技術標準の分野においてこれほど膨大でかつ厳格な標準化文書は類例が無い。また頻繁に改訂や修正あるいは移転が繰り返され、ツリー構造をした参照文書方式であることも大変ユニークである。こういったことがスペックの利用者や管理者にとっても大変わかりにくく、ゆえに誤解されている部分が多いのである。
韓国やシンガポール、フィリピン、マレーシアといったアジア諸国ではNATO援助国(Sponsorship Countries)として数々の米国国防総省(DOD)による後方支援情報の恩恵を受けている。しかしながらわが国は現在米国と同盟国でありながらわが国の特殊事情によりこのような枠組みには参加せず、したがってわが国の防衛標準化業務や後方支援業務にとって必要不可欠なSTANAGやFEDLOGといった重要情報の供与に対しての米国からの恩恵を受けていない。
このことは大変重要なことで米国が目指す国際標準化がDOD主導による多数の関係国との相互運用性の構築にあり、広域且つシームレスな後方支援体制の確立にあるかぎり、今後わが国がどのような選択をするにせよ国家の基幹となる防衛標準がそこから逸脱してはならない。
2005年に改めてDODはMILスペック運用重視の方針を打ち出した。一方では従来からの認定品目表(QPL)を全面的にデータベース化(QPD)し、またMILスペックとその関連部品を完成品別に統合化した情報システム(WSIT)を構築するなど、DODは世界的なレベルにおける取得・調達システムの構築を推進している。
1990年代におけるMILスペック改革により多くの民間規格が採用され、一時はMILスペックの運用が減り、またMILスペック件数も大幅に削減されたが、こうした新しい気運の高まりはMILスペック改革によって生じたほころびを是正し、新しい時代に向けた調達改革の創設につながるものと期待されている。
こういった新しい方向付けは米国政府が従来から国防予算の増大を防ぐため民活導入を推進してきたが、2001年の同時多発テロを境に再活性化(Revitalization)を旗頭に「新たなMILスペックの創設」を推進し始めたもので、画期的なIT技術を取り込んだ取得・調達支援システムの台頭とともに、今後益々その存在を高めるものとして期待されている。
ところでDODにおける標準化に民活導入が大きな柱となっているが例えばMILスペックが民間規格に代替(Superseding)される際に必ず起こる問題としてMILスペックと民間規格はどう違うのかという問題がある。
そこで最も活用事例の多いSAE規格のAMSの立場から紹介しよう。AMSスペックは多くの民間製造メーカとそのユーザからの総意で成り立っている。その意味でAMSスペックは「表記されたこれらメーカやユーザの総意」であるといえよう。またAMSスペックはこれらメーカやユーザの自由意志によるスペックであるともいえる。そしてAMSスペックはこれら技術者に対して有益で、補助的な情報として利用されるものである。
AMSスペックの利用に同意するということは、即ち経済的において無駄を省くことがすべてである。AMSスペックに表示された寸法や製品特性は、SAEが総括的に検討を図ったうえ、すべてを考慮した結果の表記となっている。またすべてのスペックは、記述的に、また技術的に有効であることを保証するために5年ごとの定期的な見直しが行われる。
AMSスペックは技術的にいかなる先端性があっても必ずしもスペック改訂の要因とはならないが、設計や製造にはお金がかかるだけにコストに関する要因はスペック改訂の最も基本的な要因となっている。AMSスペックは、航空宇宙分野における原材料の製造や使用を単純化することで大いに貢献している。製造メーカとユーザは一致協力し、自発的にAMSスペックを使用することでお互いに協調している。生産無くして使用もありえず、双方の努力は欠かせないところである。
DODはこういった民間規格のあり方を導入し、自らも民間的な考えに基づくあたらしいMILスペックの創生、それは例えばMILスペックにPerformanceスペック(成果主義によるスペック)の導入を抜本的に図っていることなどが挙げられる。
一方わが国の航空・宇宙機分野における標準化活動は10年以上前に日本工業標準調査会による報告「航空・宇宙機技術分野における標準化戦略」でわが国はMILスペックや海外航空機メーカのスペックに依存してきたために自ら整備する意識が不足しており、今後ともデファクト標準としてのMILスペックを常時把握できるようにモニター態勢の整備を検討する必要があると提言している。
弊社はMILスペックのモニタリング・サービスを発足当時から進めており、MILスペックの内容に不明な点がある場合、また誤記あるいは修正を必要とする部位が見つかるたびにDODに調査を依頼しまたこれらの場合多くはDODが迅速に修正し再公表している。またDODはこれらの指摘に対しては素直に感謝の意を表明している。
こういったことにより特にわが国民間企業のMILスペックに対する意識あるいは知識が変わってきたことを物語っており意識改革を強く推進してきた弊社としてはまさにわが意を得たものと感じる次第である。ただこのような事例はまだ一部のパワー・ユーザに限られており多くのユーザはMILスペックを昔からの固定概念で捕らえているようだ。国民性の違いもあるがDODは常により良いスペックを作るためには多くのユーザの見解や指摘を求めている。弊社では今後ともより望ましいMILスペック環境の維持に鋭意努力し、また協力していく所存である。なおこのような事例はブログ・ユーザにおいても決して例外ではなく、常時身近に起きる問題として日頃から切磋琢磨してMILスペックに接してもらいたいものである。
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