夢のある防衛装備行政へ
2007.7.1
日本企業は防衛生産に対して冷めてきており、防衛離れが懸念されている。ブレークスルーを要する技術開発を日本で行ない、先に夢があれば企業は今後も防衛生産を継続できる。研究開発の停滞が懸念される。民間企業においては、民需部門からの資源投入も行なわれてきたが、不況の長期化により、そうした余裕もなくなってきている。これは1998年に発表されたわが国の防衛生産委員会による提言である。果たしてこの10年の間に日本はこの提言をどのように受け止めてきたのだろうか。
最新の米国防計画では従来のコスト・ベース・アプローチから技術・管理主体のリスク・ベース・アプローチにシフトした。これは米国防取得計画でいえば装備品はコスト削減主体ではなく危機に応じた技術や管理能力を選択することが重要であるということである。
一方わが国は依然としてコスト意識が過剰でありそのために重要な生産基盤が次々と失われつつある。わが国もいずれ変わることになるとはいえ、その前に基盤の崩壊を食い止めなければならない。今回は内憂外患の感があるわが国の防衛行政のありかたについての話題を紹介する。
弊社はわが国の航空宇宙・防衛産業にとってデファクト標準といわれるMILスペックを独自にモニタ(監視)することで常時米国防標準化政策(Defense StandardizationProgram)の動向を察知してその都度お知らせしている。
DOD長官による日本とNATO協力に関する発言
2007年5月1日米国にて開催された日米2プラス2閣僚会議において会議の終了後日本のマスコミは米国防長官の声明を次のように取り上げている。
日米両政府は1日午後(日本時間2日未明)に開いた外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)で、豪州やインド、北大西洋条約機構(NATO)などとの協力を強化する方針を確認した。4閣僚は会議後、共同記者会見し、麻生太郎外相は北朝鮮情勢などに対応するため「日米と豪州、インドなどアジア太平洋地域の協力強化が重要だ」と指摘。ゲーツ国防長官は「日本とNATOとの広範な協力を実現する手段も模索していく」と述べた。
ここで米国防長官による声明の原文は以下の通りである。
The four leaders also discussed the importance of strengthening ties to other countries, such as Australia, and achieving broader cooperation between Japan and NATO, Gates said. Aso noted that today’s meeting also provided an opportunity for the U.S. leaders to reaffirm their commitment to defending Japan and deterring possible threats. (American Forces Press Service)
そこで重要なのはDOD長官の「achieving broader cooperation betweenJapan and NATO」を日本のマスコミは「日本とNATOとの広範な協力を実現する手段も模索していく」と掲載したがachievingとは模索の段階を超えて達成する段階に入っていることを読み取る必要がある。このへんに意図的で微妙ではあるが日米間におけるこの問題についての温度差が感じられる。そもそも日本国民にとって見れば何故今、NATOなのかという問題が置き去りにされているからである。日本の政府およびマスコミはそのことに対してもっと説明を加える必要がある。しかしこのDCメールでは以前から伝えているようにアメリカではすでに同盟諸国間の統合が始まっている。
アメリカにおける多国間における標準化の統合
そこで思い起こすのは、2006年に出席したDOD標準化総会においてDODはオーストラリアやNATOとの標準化統合の実績を以下のように発表したことである。(この記事は過去のDCメールでも掲載した。)アメリカが多国間における標準化政策(DSP)の連携や統合化といった問題を鋭意推進していることを改めて紹介する。
すでに知られていることであるがアメリカはDSP分野においても対外諸国向けの統合化政策(Joint Program)や共通運用( Interoperability性)が実績を上げ始めている。ただアメリカでさえもこれら対外諸国向けの統合化活動は言葉で言うほど簡単ではないことを痛切に感じている。
それは昨年NATOとの標準化統合の正式調印がおこなわれ、数多くのDOD政策がNATOの標準化政策の遅れに歯止めをかけたとされている。これはすでに周知の事実であるがイラク戦争をはじめとする多くのアメリカ軍との共同戦線においてNATO軍における物資や後方支援の実態がまことにお粗末であった。そこでアメリカはNATOとの協調体制の強化のためにDODとNATOの標準化政策の統合(共通化)を強化し「てこ入れ」を図った。
NATOとの標準化政策の統合
なかでもSTANAG(NATO標準化文書)の強化、MILスペックとの連携や共同運用性(Interoperability)、NATO加盟諸国の国家規格や民間規格との連携の強化を図った。NATO事務局の担当者らの出席のもと、改革された事例が多数紹介された。
アメリカはこれらの教訓と成功例において今後の他国との標準化政策を米国主導のもとに展開することが大いに予測される。ちなみに現在DODの標準化政策の実務部門はDSPOであるが、DSPOには国際担当部門が設置されており、各国間との連携・調整が行われている。
また同盟諸国標準化要求(ASR:Alliance Standardization Requirements)という言葉が使われており、NATO諸国との間で協議され、調整会議で承認されたとしている。またアメリカはNATO標準化政策に深く関与し貢献しているとしている。JSBワーキング・グループが命題を与え、新たに変革された標準化要求に対する戦略提案を掲げたとしている。JSBはNATOに参画する同盟諸国に対して数々の支援策を提供するとしている。そして「標準化こそがほとんどすべての国々や同盟国にとって重要である」と提言している。
ABCA連合との標準化政策
アメリカはNATOとは別の重要な同盟国グループを維持している。それがABCA連合(America, British, Canada, Australia Coalition)である。ABCA連合による標準化政策は米国、イギリス、カナダ、オーストラリアの各国が協調して防衛標準化政策の運用と実践をおこなうもので新たにニュージーランドも加わり、今回はその活動内容が紹介された。
ABCA連合の歴史は古く、すでに第2次世界大戦のさなかにはアメリカ、イギリス、カナダの協力関係が始まったとされている。その後オーストラリアが加入し、現在ではニュージーランドも加盟し、まさに英語圏の国々による最も連携を密にした標準化統合組織であり、当然ながら調達システムや認定基準などすべてのレベルにおいてアメリカ主導によるシームレスな関係を構築しているのである。
昨年のDOD標準化総会ではABCA各国が役割を分担して任に当たっていることが紹介された。DSPの観点で言えばまさにこれらの諸国は真のアメリカ同盟国といわなければならない。これらABCA連合は締結された4カ国標準化条約(QSTAGs:Quadripartite Standardization Agreements)の具体的な政策について討議し連合作戦ハンドブック(Coalition Operations Hnadbook)や指示書や組織、専門家による情報交換を行うとしている。
最新の米国防計画から(抜粋)
4年ごとに見直しが図られる2006QDR(DODによる4年毎の米国防計画の見直し)の中でDODは国防取得業務の改善において下記のように述べている。なおこの改善理由はさまざまな要因が考えられるが、ひとつには2001年の同時多発テロであることは言うまでも無い。米国は防衛装備品の取得計画についてもこの中で改革を謳っているが、それは従来のようなコスト重視による一般品採用計画だけではなく、新たに必要に応じたMIL品の採用を提言している。これは明らかに従来のコスト重視の考えからリスクマネージメントへの考えへの転換が図られていることが伺える。
「DODと米国議会において取得(Acquisition)プロセスに関して懸念が高まっている。この信頼の欠如はコスト、スケジュールおよびパフォーマンスについて、主要なプログラムの実態が正確に把握できていないことから生じている。(中略) DODは更に効率的な取得システムとプロセスを構築することで必要な能力をより迅速に統合軍に付与することに焦点をあてている。DODは現在のコスト・ベース・アプローチに変わってリスク・ベースの資源選定プロセスの採用を検討している。資源の選定は唯一の基準としてコストを利用するのではなくて、技術および管理両面のリスクに基づいたものが望ましい。コスト、技術的リスク更に管理の実態についてバランスをとるうえで、それぞれ責任の所在を明らかにしつつ、DODの統合能力、資源配分および取得プロセスのより密接な統合が必要となる。」(後略)
1998年「転換期を迎えたわが国の防衛装備行政」から
いまから約10年前の1998年7月、日本の経団連防衛生産委員会で当時の防衛装備局長による概要説明および同委員会の意見をここで抜粋し紹介する。ここには当時のわが国における防衛装備の実態が述べられているが果たして10年たった今提言された内容により改革が進み、大きく前進したのであろうか。
残念ながら10年前に提言された内容は現在においても生かされていないのが実情である。それどころか防衛装備品という日本の基幹産業品が悲鳴を上げている。国産品の減少に歯止めがかからないのが実態である。そのうえ最近の情勢では認定企業数が益々減っているという。それは現在の装備品の取得計画について認定企業が嫌気をさしているからである。いずれ日本もアメリカのように取得政策を変更する時期が来るという楽観的な見方がある。しかし上記のとおり米国はすでに取得計画におけるコスト・ベース政策を転換し、技術と管理のリスク・ベース政策とした。MILスペックが見直された原因もそこにあるという認識をもたなければならない。今ここでもういちど10年前に何が提言されたのかを紹介したい。果たしてその提言に間違いはなかったのだろうか。ここに取り上げられた防衛生産委員会の意見だけが置き去りにされていることを改めて検証する必要がある。
1.防衛装備調達の改革
防衛装備品の調達においては、随意契約が多く、競争が働かないという事情があり、価格決定のメカニズムが一般に解りにくい。装備が高価格になっている背景には、マーケットが防衛庁に限られ、その規格も特殊であるという事情がある。今後、国民の理解を得るためには、装備品の価格削減に努力していく必要がある。防衛庁の調達実施本部では、「有識者による調本の21世紀プロジェクト委員会」を設置して検討を行ない、調達システムの改革について中間的な提言をとりまとめている。防衛庁の「取得改革委員会」においても報告書をとりまとめ、装備品のライフサイクルコストの削減、防衛庁の独自の規格・仕様の見直し、汎用の規格・仕様の拡大等を提言している。さらに、5年かけて10%のコスト低減を実施することも提言している。限られた予算を有効に使っているかどうか、改革の実績が外からも見えることが重要である。
2.防衛予算減少への対応
防衛装備の調達予算が減少する中で、中長期的な対応策のひとつが取得改革である。修正中期防を達成するためには、新規正面装備や整備等の後方を切り詰める必要がある。現在の趨勢では後方予算が正面装備を上回る状況にあり、新規正面装備の調達が困難になる。米国から輸入したAWACSやイージス艦システムのソフトウェアのメインテナンス費用もコストアップ要因である。汎用技術により民間と防衛の境界が低くなっている状況を踏まえ、民間のニーズも踏まえた技術開発予算を確保していきたい。企業側においても汎用品を活用したり、合理化努力を続けてもらい、取得改革の成果を官民で共有できるようにしていきたい。
3.防衛生産・技術基盤の弱体化
防衛装備の生産は、無駄な重複投資を防ぐために武器等製造法の下で認可制度となっている。企業としても需要の有無がはっきりしない装備に投資はできず、一分野一社という供給独占の下での随意契約が中心となっている。米国では2~3社に新装備の技術開発予算を与え競争させ、1社と契約するという仕組みとなっているが、日本にはそのような潤沢な予算はない。供給独占が適切であるかどうかという問題はあるが、現時点では調達の透明性を確保していくことが重要である。輸入との関係で、適正な国産化率をどう考えるかという問題がある。平成9年度の防衛装備の国産化率は92%であり、輸入品との競争を通じてコストダウンを図る余地があると考える。一方、武器輸出三原則等を堅持したままで日本の防衛産業の競争力を確保できるかという指摘があるが、これは日本の根本的政治理念に関係してくるもので、簡単には解決できない。防衛庁では防衛生産基盤の弱体化について財政当局にも訴えている。一方で、工業全体が低迷する中で防衛生産基盤だけが揺らいでいるとは説明しにくい。危機意識が強ければ、欧米のような防衛産業再編の動きもあるはすだが、日本にはそのような動きはない。防衛関連企業は民需に依存しており、防衛予算の削減が防衛生産基盤にどう影響を与えているかわかりにくい。ミサイルについては、ピーク時から生産が3分の1に減っているが、細々と継続できており、いくつかのプロジェクトも進行している。一方、技術基盤については、技術開発予算までがピーク時から3割も減少しており深刻である。防衛庁としては技術実証型の研究開発も行ない、日本としての装備開発能力を維持していくことが必要と考えている。
4.日米間の防衛装備技術協力
4、5年前、ペリー前国防長官の時代には、米国は日本の技術に関心を示し、技術の獲得に動いたが、現在ではその関心は薄れつつある。軍事・民生技術の分野で、日本はもはやライバルでないということだ。日米間の防衛装備技術協力については枠組みがしっかりとできており、円滑な関係になっている。F-2支援戦闘機の開発・生産も順調に進んでいる。TMD(戦域ミサイル防衛)は米国でも開発途上の技術であるが、日本側の決断によっては、米国との技術協力においては重要なテーマとなるであろう。
5.防衛生産委員会の意見
日本企業は防衛生産に対して冷めてきており、防衛離れが懸念されている。国産化率の数字には、民間が輸入する部品やライセンス料等が含まれている。防衛生産・技術基盤がなくなると、外国から高い装備を買わされたり、外交上の取引を要求されることになる。また、外国に技術を握られている場合には、国内開発した装備とは違いコスト・ダウンの努力も自由にはできない。ブレークスルーを要する技術開発を日本で行ない、先に夢があれば企業は今後も防衛生産を継続できる。研究開発の停滞が懸念される。民間企業においては、民需部門からの資源投入も行なわれてきたが、不況の長期化により、そうした余裕もなくなってきている。