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【ALGS参加の意味】

2013.3.10

ーF-35部品輸出とグローバル・ロジスティクスー

3月1日の官房長官談話によるF-35のALGS参加表明は弊社ブログ記事「ALGS」へのアクセスを急増させる結果となり、改めて関係者の関心の高さを物語った。そこで今回はALGS参加に伴うF-35部品輸出とグローバル・ロジスティクスとの繋がりについて解説する。F-35がわが国が過去に取得した戦闘機とどう異なるのかをわかっていただけると思う。(DCメール 2013年3月15日 No.337)

■ALGSとは何か。
3月1日の官房長官談話によるF-35のALGS参加表明は次の通りであった。
「F-35については、従来我が国が取得した戦闘機と異なり全てのF-35ユーザー国が世界規模で部品等を融通し合う国際的な後方支援システム(ALGS(Autonomic Logistics Global Sustainment)という新たな方式。以下「本システム」という。)が採用されている。本システムに参加することにより、必要なときに速やかに部品等の供給を受け、迅速な整備が可能となることから、我が国としてもより適切なコストでF-35Aの可動率を維持・向上するため、本システムへの参加が必要である。本システムに参加する場合には、国内企業が製造若しくは保管を行う部品等又は国内企業が提供するF-35に係る役務が我が国から我が国以外のF-35ユーザー国に提供されることが想定されるが、本システムでは、米国政府の一元的な管理の下、F-35ユーザー国以外への移転が厳しく制限されている。」
■弊社では昨年7月にいち早く「ALGS]を当ブログで紹介してF-35の運用維持体制における諸外国企業群、とりわけ韓国やオーストラリアといったアジアのロジスティクス先進国が将来介入するという不測の事態を予見しALGSの重要性を唱えたが今回改めてこのALGS参加の意味とグローバル・ロジスティクスにおけるわが国のあり方を標榜する。(注)韓国はF-35には直接関与していないがグローバル・ロジスティクスのアジアの雄としてF-16やF-15のPBL契約に深く関与している。
ALGSは初めての読者には聞きなれない4つの単語からなっているので少し解説する。そのことでALGSがもう少しわかるはずだ。
まずAはオートノミックのAでIT系ではすでにおなじみである。オートノミックとはシステムが自律することによって問題の処理解決を図る言葉として用いられる。具体的にいえば人間の自律神経に着想を得て、その仕組みをシステムに応用し環境や状況の化への適応、負荷に対する善処などを自律的に行うことができる。そこでシステムが大規模化、複雑化しても、ユーザーの管理負担は比較的軽いままで済むというものだ。
Lはロジスティクスのことでわが国では兵站とか後方支援と訳されている。しかし物流業界では既にロジスティクスとして表記されている。防衛分野におけるロジスティクスは今や国境を越えた同盟諸国が共通した装備品システムを運用するグローバル・ロジスティクスという概念で即応性維持のために可能な限りリアルタイムで保証された装備品情報の運用が求められているという意味となっている。
Gはグローバルの意味でまさに世界規模のこと。今や世界の防衛装備品はすべて同盟国は共通・共有する概念となっている。昨今ではグローバル化は西欧諸国を中心としてアジア・アフリカ・中東諸国にまでその裾野を広げている。
Sはサステインメントで維持と訳されることが多いが今やロジスティクスの世界でサステインメントを知らない者はいない。この言葉の意味するところは維持(メンテイン)ではなく持続(サステイン)であると論じられるが正しい解釈である。
そこでこの4つの単語からにじみ出るALGSの意味は「いかなる環境や状況の変化に対しても世界的な補給支援体制の下でF-35のシステムを自律的に持続管理を行うこと」を指している。
しかしF-35のALGSを理解するためにはもう少しその背景となる知識が必要である。
■そのひとつがエアシステムという概念である。F-35は開発当初から他の航空機のように従来システムを単に近代化させるような伝統的なアプローチではなく全体論的にシステムやアセンブリ、部品およびコンポーネントを管理し、F-35の即応性を達成するために必要なあらゆるコンポーネントをシステムに組み込ませた設計思想となっている。そして契約企業との長期契約を通していわゆる航空機のみを取得するのではなく上記のようなALGSを組み込んだ航空システム(エアシステム)を取得するという新しい取得概念に立っているのである。
その結果F-35は基本的にシステムとしてのリスクを低減させるためにライフタイム調達や契約業者との長期契約などの努力が求められる。こう考えてくると従来システムとの違いは寿命が嵩むごとに増加する従来型のO&S(運用維持管理)コストに比べ毎年一定のコストで管理するものという考えに立っている。
またこれにより即応性の向上、ロジスティクス領域の削減、および応答時間のスピードアップなど従来システムとはまったく違った概念をもつものとして次世代型ロジスティクス・エアシステムといわれる所以である。言いかえれば初期(開発・導入)コストは高いが運用・持続コストを抑えるべく徹底した管理体制を敷く考え方に立っているのである。
■次にPBL(成果型取得方法)についても知っておかなければならない。PBLは米国が21世紀当初から主に航空機システムの即応性を最適化するためにO&Sコストを大幅に低減させ、産業界の協力と自主努力を要請した新しい取得形態である。従来からの取得方法と異なりPBLは民間企業との長期契約を通していわゆるシステムの取得というよりはむしろ成果を取得するという新しい概念に立っている。
確かに従来からのシステムを近代化させるだけでは年率10%以上増加するといわれるO&Sコストやいわゆるユーザが悲願として掲げる即応性、即ちシステム作動を可能にする状態の低下を招くことは避けられない。ライフサイクル・コスト( LCC)の概念では初期コストの2倍はかかるというO&Sコストを如何に低減化させるかがPBLによる取得改革の原点である。
例えばF-35の初期構想ではともに開発・製造コストとO&Sコストを1:1の比率までに落とすとし、信頼性の向上はもちろんのこと年々上昇するO&Sコストを一定にし,また一方では運用持続において収益の鈍化を余儀なくされてきた民間企業をシステムの寿命が終了するまで安定した収益を確保できる機会を与えるというのがPBLの概念である。しかし当然ながら安定した収益に応じた責任というものが求められシステムサポートを確実におこなうことの「履行保証」を求めるところがPBL契約( PBC )の特徴である。
このPBCは理想的には5―15年の長期にわたり,契約企業は先を見越して例えば装備品枯渇低減策( DMSMS )のような枯渇が原因とならないような対策を施し必要なパフォーマンスを維持しなければならない。このようにしてシステム・リスクを低減させるためにライフタイム調達や契約業者との長期契約や再設計のための投資利益率などの緩和策の努力が求められているのである。
よく言われる言葉にPBLは結果を取得するもので資源を取得するものではない。またPBL契約は全てを契約業者の責任とするものであり、要求元ではないということである。そこではコスト削減を図ることは結果において契約業者の興味を失わせ、あるいはパフォーマンスを持続できず、強いては目標とする即応性の最適化が図れない原因となる場合があることを知る必要がある。
次期主力戦闘機にF-35を選択したことはわが国がロジスティクス能力の向上に大きな変革を与えることになった。近年防衛省はわが国独自のPBL導入ガイドラインを公表したがこれは取得改革のひとつとされる民間委託の拡充への取り組みにも通じるもので、わが国防衛政策の実情に則した契約手法と考えられている。そこでPBLは上記の通り成果の達成に対して対価を支払うという21世紀型の契約手法として今後とも多くの事例を手がけることになると思われるが、このF-35エアシステムの取得はこのようなPBL手法による代表的な事例となろう。
■そして最後にNSNについて触れなければならない。国境を越えた同盟諸国が共通したF-35エアシステムを運用するというALGSの概念ではシステムの即応性維持のために可能な限りリアルタイムで保証された装備品情報の運用が求められる。ひとつの不具合品情報が命取りになりかねないからである。すでに欧米、豪、韓などの国々ではひとつのグローバル・ロジスティクス体制の下、すべての装備品の運用管理はグローバル・サプライチェーンへと急速に拡大している。
NSN(ナショナルまたはNATOストック・ナンバー)はロジスティクスの国際語であるという文言がある。NSNはロジスティクス情報の国際共通語として加盟国ではもちろんわが国の輸入装備品に携わる関係者の間では知らない者はいない。このNSNは米国などNATOを中心に世界で採用されている装備品識別の最小単位である。このNSNこそはわが国が採用すべき世界共通の装備品番号体系である。
そもそもロジスティクスの観点からみればF-35の共同開発や共同運用に合意した国々はいわゆる部品共通化のNATO主要国とそのT2諸国であり、F-35の初期構想はPBLなどの次世代型ロジスティクス政策を可能にするロジスティクス先進国による共同プロジェクトであったことを想起する必要がある。
F-35のPBLによる運用持続契約は米国ロッキード・マーチン(LM)社による民間型グローバル・サプライチェーンにより履行され全ての装備品にはNSN登録が義務付けられる。そこで米国が中心となりFCS(米国装備品システム)やNCS(NATO装備品システム)はALIS(F-35の民間型装備品システム)との装備品識別の共通化を図る調整が行われた。
当然ながらわが国がF-35部品輸出をおこなうということはALISのサプライチェーンのもとF-35エアシステムを構築する何万というNSNに連なる装備品の提供ということにほかならない。ひとつのNSNには複数の代替品が各国から提供され、必要に応じて世界中のユーザに宛がわれるのである。今回はその一環にわが国メーカ品が加わるということである。
ところでわが国は2011年に世界のNSNデータベースであるNATOカタログ(NCS)に加盟を果たした。加盟といってもすぐにわが国の部品を海外諸国に提供できるわけではない。提供するためにはNATOの審査の元かれらの流儀いわゆるNSN登録規定に従って準備を行わなければならない。そのための組織体制づくりも必要となる。しかし過去において韓国がそうであったようにわが国が装備品輸出を志す限りNSN体制への切り替えが急務であることは間違いない。そしてF-35部品輸出はさしずめその皮切りとなることを期待したい。
■ここで余談であるがNSNに付随した2ケタの国別番号(カントリーコード)について触れておく。このNSNには登録国としての国別番号が付与されているがF-35に装備される部品の場合は米国を筆頭に英国や他の開発国によるNSNが付与されるものと思われる。そしてこのNSNに埋め込まれた特性を満たしたメーカー部品が代替品としてNSNデータベースに名を連ねることになる。今回わが国のメーカー品が輸出されるということはここに名を連ねることになる。
実はNATOカタログではこの国別番号が長い間わが国向けにも用意されておりダッシュ30(-30)と呼ばれているのである。現在NSNは世界中で1750万件と言われるなかで米国製のNSN(これをー00およびー01という)は700万件を数える。他は英、仏、独などでわが国の(-30)NSN製品はない。今回のわが国のF-35部品輸出は米国などのNSNに基づいた部品輸出となるが、今後わが国が航空機などを独自で輸出するような場合航空機を形作るNSNは日本製(ー30)でありたいものである。そして航空機に限らず多くの装備品に(ー30)が付くことがわが国のいわば防衛産業力のバロメータといえるのではないだろうか。
このように今回わが国がF-35エアシステム導入を決定しその部品をF-35導入諸国にも輸出できることとしたことはグローバル・ロジスティクスの視点から見ればいよいよもって海外諸国との装備品共通化の始まりであり、NSNの採用、T2加盟に向けた体制づくりをする道筋をつけたものである。またグローバル・ロジスティクスの世界では既に実装段階にある新しい世界標準のデータ品質管理基準に則った装備品データベース構築の研究にも着手しなければならない。そのうえF-35の維持持続体制の強化に向けた多国間PBLの導入にも着手することで20年近くも遅れていたわが国がようやく世界のロジスティクス先進国に仲間入りができることになるのである。
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