DataCraft

Topics

【2010年版MILスペックの常識】

2010.11.15

ー今、改めて問われるMILスペックに対する意識改革ー
MILスペック・ユーザはスペックに記載された言葉のひとつひとつを理解し、正確に把握することが求められるが、わが国の場合は残念ながら十分な対応がとられていない。その結果ユーザがこうむるトラブルの多発、コストの増加そして信頼性の低下など目に見えない被害がユーザ企業の成果を大きく妨げている。30年来MILスペックのありかたをモニタリングしている弊社では前回好評の「MILスペックの基礎知識」を書き加えた【2010年度版MILスペックの常識】を無料で頒布している。今後更なるMILスペックへの意識改革が問われるなか、改めてその真価を見つめ直す時がきている。なおここでは本書の一部を紹介する。(DCメール281号 2010年11月15日号)

■はじめに、意識改革ありき
わが国のMILスペック・ユーザは必要とされるMILスペックが改訂されるたびに内容を精査し、取り扱う部品や材料に反映させなければならない。しかし受入検査時に多くの問題が生じるなど、まだまだこれらの問題を解消するためには、企業ユーザの環境を整備してスペックに関する情報収集能力や理解力、問題解決能力を高めることはもちろん、関連部門や取引先に対しても知識レベルの向上、問題解決能力のスキル・アップなど、横断的な意識改革を徹底する必要がある。弊社がサポートするユーザ企業がこれらの問題を解消しつつあることが何よりもその意識改革の必要性を明らかにしている。
たとえば弊社ユーザである某プライム・ベンダによれば取得品が認定品であるか無いかが大きく取引に影響するが、認定表に無ければ認定品ではないと決めつけてはいけないという。認定表に無くても認定されているという事実があれば調達変更ができる場合がある。元来このような取引情報はメーカの海外支店や商社経由でもたらされるが、担当者による理解力の欠如は情報精度を低くし信用性を損なうものが多いという。弊社の各種情報はピンポイントで事実を引き出してくれる点で精度が高く利用価値があり慎重に取り扱われているというが、まさに弊社に求められるサービスとは、これらスペック・ユーザが問題解決をするためのピンポイント支援をすることにある。事実に則り正確に対応しなければならないユーザにとって理解力が乏しく精度の低い情報ほど業務を妨げるものはない。某ユーザ企業ではこのような目に見えない被害環境を是正することでスペック・ユーザの業務効率を向上させ、しいては信頼性の高い製品やサービスを生み出す源になることを知っているからである。
本誌は弊社の顧客から要望され、初心者を含むスペック・ユーザ向けの意識改革教材としてできるだけわかりやすく紹介したものであるが、その後ブログ・ユーザにも幅広く公開し、大好評のためにその改訂版として改めて提供するものである。なお本誌は教材用として出来る限り日本語で表現しているが適訳であるとは限らない。また本誌に掲載される情報は参照情報として使用されるものであり、最新性や完全性、あるいは正確さを保証したり主張したりするものではない。また記載された内容を無断で引用または転載することは固く禁じられている。
■米国防標準化政策とわが国
近年米国防総省(DOD )は米国だけではなく多数の同盟諸国との間で国際標準化推進活動を強化しており、NATO 諸国やカナダ、オーストラリアといった文化的にも米国に近い同盟諸国はDOD 主導による新しい標準化活動や取得改革を通じて相互運用性を高めており、着実に後方支援体制の強化を図っている。このような流れは今後益々多様化し文化的にも異なるアジア諸国を幅広く覆うものと考えられる。事実、韓国やシンガポール、フィリピン、マレーシアなどではNATO 援助国(Sponsorship Countries)として数々のDOD 後方支援情報の恩恵を受けている。わが国は現在米国と同盟国でありながらわが国の特殊事情によりこのような枠組みには参加できず、したがってわが国の防衛標準化業務や後方支援業務にとって必要不可欠なSTANAG やFEDLOG といった重要情報の供与に対しての恩恵も受けていない。DOD が目指す国際標準化とはDOD 主導による多数の関係国との相互運用性の構築による広域且つシームレスな後方支援体制の確立にある。今後わが国がどのような選択をするにせよ国家の基幹となる防衛標準が失われてはならない。しかしながら今日わが国の局面の変化に伴いわずかづつではあるが改善の兆しがあることは大いに喜ばしい限りである。
■DOD の標準化政策とMIL スペック
2005年に改めて米国防総省(DOD)はMIL スペック運用重視の方針を打ち出した。一方では従来からの認定品目表(QPL)を全面的にデータベース化(QPD)し、またMIL スペックとその関連部品を完成品別に統合化した情報システム(WSIT)を構築するなど、DODは世界的なレベルにおける取得・調達システムの構築を推進している。1990年代におけるMIL スペック改革により多くの民間規格が採用され、一時はMIL スペックの運用が減り、またMIL スペック件数も大幅に削減されたが、こうした新しい気運の高まりはMIL スペック改革によって生じた「ほころび」を是正し、新しい時代に向けた調達改革の創設につながるものと期待されている。こういった新しい方向付けは米国政府が従来から国防予算の増大を防ぐため民間導入を推進してきたが、2001年の同時多発テロを境に再活性化(Revitalization)を旗頭に「新たなMIL スペックの創設」を推進し始めたもので、画期的なIT 技術を取り込んだ取得・調達支援システムの台頭とともに、今後益々その存在を高めるものとして期待されている。
一方わが国の航空・宇宙機分野における標準化活動はMIL スペックや海外航空機メーカのスペックに依存してきたために自ら整備する意識が不足しており、今後ともデファクト標準としてのMIL スペックを常時把握できるようにモニター態勢の整備を検討する必要があると報告された。(注)この報告がなされてから10余年、わが国にもようやくその兆しが芽生えてきたが欧米諸国並みの対応を求めるためにはより一層の底上げが必要となろう。(注)日本工業標準調査会編「航空・宇宙機技術分野における標準化戦略」による
■MILスペック改革について
DOD は1994 年に当時のペリー国防長官による取得改革(Acquisition Reform)のなかで、新しいスペック・スタンダードのあり方と題する通達を出した。これがいわゆるMILスペック改革と呼ばれる。この序論で米国政府は将来のために国を挙げて民間の最先端技術の導入と民生品の採用し官民の統合による安価で防衛ニーズにあった産業基盤の拡
大を目指すとある。この新しい方向で重視されたことがDOD における従来からの慣習の打破であった。そのひとつにMILスペック環境における慣習があった。特殊ゆえに硬直化した組織や機能そしてこれにより産業は停滞し不要なまでの性能や形式化された試験方法や監督検査などが温存されていた。そしてなによりもお金がかかることが大きな問題であった。改革された主な内容を見ると不要なMIL スペックは段階的に廃止し代わりに民間規格を登用した。民間規格を採用することはMIL 品から民生品に切り替えるということである。またできるだけ随意契約を避け競争入札制度を取り入れている。また、MILスペックを利用する場合も出来るだけ参照源を減らし従来からの「プロセスを指定した」考えから「結果」のみを問うような形式に変更した。PRF スペック( Performance Specification ) はこの代表例である。このように米国は国家事業としてMIL スペックを含む標準化(Standardization)改革に挑み不要な贅肉や老廃物を削ぎ西暦2010年計画はもとより300 年後に向けて多くの先人が成してきた遺産を大切に継承していかなければならないとした
■MILスペック運用に関するDODの新しい方針
2005年のDOD通達ですでに施行されたMILスペック改革(上記)によりMILスペックを取得・調達契約に適用する場合は事前にMDA(Milestone Decision Authority)による特別な認定(Waiver)を受ける必要があったが、この通達はその方針を改め事前にMDAの承認なくしてMILスペックの引用ができるようにした。なおこの特認制度はMILスペック改革により誕生した制度で、従来からのMILスペックを契約で適用させるためにはその理由を添えて事前にMDAに申請をしなければならない特例措置となっている。そこでこの通達はこのMILスペックを適用する上での特例措置を削除したものである。なおこのような方向転換がなされた理由について2001年の同時多発テロがアメリカの国防ビジョンを大きく変えたと言われている。また先のMILスペック改革は主に資源不足からくるもので逆に民間品登用による問題点も浮上していた。そこでMILスペックと民間規格を得意の分野や項目によって「すみ分け」させることで新たにMILスペックの再活用(Revitalization)を図るようにした。
■米国連邦カタログ制度とFLIS
DODでは装備品の識別は購入から廃棄に至るまでその単一品目の全ての機能(購入、運用、保管、配布など)を用いることが法により定められる。これは1952年に施行された米国連邦政府によるカタログ制度の序文に掲げられている。1952年といえば日本では昭和27年である。当時日本は廃墟の中からようやく立ちあがりかけた年であった。サンフランシスコ条約が発効され、GHQが廃止されたのもこの年である。米国ではすでにこのようなコスト削減策の一環として装備品カタログ制度が始まった。米国連邦政府による物品調達目録制度(Federal Catalog System)いわゆるカタログ制度は米国政府の装備品調達の基盤となっている。DODの調達マニュアルによると米国議会は1952年に公法82-436条としてカタログ制度の導入を図り、単一品目の識別により購入から廃棄に至るまで全ての機能(購入、運用、保管、配布を含む)を用いることが確立された。またそのためにDODでは効率的且つ効果的なコスト削減による供給管理体制を敷くことを決めた。これが米国連邦後方情報システム(FLIS: Federal Logistics Information System)の先駆けである。
■取得と調達
取得は英語のAcquisition からきた訳語。取得とは「物品やサービスをその概念、創始、設計開発、試験、契約、生産、配備、後方支援、変更、廃棄、補給などライフサイクルとして捕らえた言葉」である。その点で調達(Procurement)や購買(Purchasing)とは意味を異にする。米国では早くからAcquisitionに対する概念が導入されており取得規則(AcquisitionRegulation)が整備されている。なお余談であるがAcquisition はその昔防衛省幹部により取得と訳されたといわれている。
■AMS にみる民間スペックとの違い
MILスペックが民間規格に代替(Superseding)する際に、必ず起こる問題としてMILスペックと民間規格はどう違うのか、という質問がある。そこで最も代替が多いひとつとされるSAE-AMS の立場から紹介する。AMS スペックは多くの製造メーカとそのユーザからの総意で成り立っている。その意味でAMSスペックは「表記れたこれらメーカやユーザの総意」であるといえる。またAMS スペックはこれらメーカやユーザの自由意志によるスペックであるともいえる。そしてAMSスペックはこれら技術者に対して有益で、補助的な情報として利用されるものである。この「スペックの利用」に同意するということは、即ち経済的において無駄を省くことがすべてであるということである。AMSスペックに表示された寸法や製品特性は、SAE が総括的に検討を図ったうえ、すべてを考慮した結果の表記となっている。またすべてのスペックは、記述的に、また技術的に有効であることを保証するために5年ごとの定期的な見直しが行われる。AMSスペックは技術的にいかなる先端性があっても必ずしもスペック改訂の要因とはならないが、設計や製造にはお金がかかるだけにコストに関する要因はスペック改訂の最も基本的な要因となっている。AMS スペックは、航空宇宙分野における原材料の製造や使用を単純化することで大いに貢献している。製造メーカとユーザは一致協力し、自発的にAMS スペックを使用することでお互いに協調している。生産無くして使用もありえず、双方の努力は欠かせないところである。
■DODからの協力要請とわが国ユーザの意識改革
MIL スペックの内容に不具合がある場合、また誤記あるいは修正を必要とする部位が見つかるたびに弊社はDOD に調査を依頼している。またDOD は迅速に対応し再改訂を行っている。DOD は弊社からの指摘に対して素直に感謝の意を表明し、また協力を求めている。このような交流はそれだけわが国のMIL スペックに対する意識あるいは知識を高く評価しはじめていることを物語っており意識改革を強く推進してきた弊社としてはまさにわが意を得たりと感じる次第である。ただこのような事例はまだ一部のユーザに限られており大半のユーザはMIL スペックを昔ながらの固定概念で捕らえていることも事実である。国民性の違いもあるが米国 はDODも含めて常により良いスペックを作るためには自国以外のユーザの見解や指摘を求めている。弊社では今後とも米国やDODとのより協力的な関係維持に鋭意努力していくが、このような交流は今後とも益々増加する傾向にあり、常時身近に起きる問題として日頃から切磋琢磨して接しておく必要があると思われる。