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【新入社員に贈る】

2011.5.2

◆◆初めてのMILスペック(前篇)◆◆
MILスペックに初めて触れる皆さんにとってMILスペックって何だろうと思われるかもしれません。残念ながらMILスペックについて詳しく解き明かし、優しく解説したような書物はありません。皆さんはこれから先いろいろなMILスペックに出会うことになりますが、MILスペックを体系的に理解しておけばきっと問題解決に役立つでしょう。そこで今回と次回において初めてのMILスペックと題して、これからMILスペックと付き合っていく皆さんにできるかぎり優しくわかりやすく解説したいと思います。私どもは30年にもわたりMILスペックを発行する米国防総省とそれを使用する日本のユーザとの間でMILスペックに関する技術的な見解や疑問あるいは問題点を取り扱ってきました。その結果コスト削減や工数の削減しいては契約価格の見直しや改善提案につながることも少なくなく、多くの評価をいただいております。(DCメール 2011年5月1日 No.292)

 

■はじめてのMILスペック
まずはじめは少々堅苦しいのですがこういう紹介の仕方をします。MILスペックは正確にはMilitary Specificationといい、直訳すると米軍仕様書です。米国防総省(DOD)が米軍の装備品の開発や調達をするための要求を技術的に記載したものと考えてください。MILスペックは表記方法も定められていて表題、概要、適用文書、要求、検証などの項目が順番に表記されています。MILスペックは個別案件毎に適用されるのでその数は3万件にも昇ります。またMILスペックは米軍だけでなく世界中の国々で用いられ、日本でも数多くの防衛装備品や航空宇宙機器あるいはそれらの役務(サービス)に賄われているのです。
普通われわれが生活する周辺にはありとあらゆる規格が存在しています。洗濯機やテレビ、ボールペン、セーターなどすべては何らかの規格で賄われていますがこれらはすべて人間の生活圏で100%の性能を発揮するように作られています。この性能を測る尺度はいろいろありますが、例えば生活する上での温度や湿度、衝撃や重力などがあげられます。しかし遠い宇宙や空間、深海、熱い砂漠地帯や熱帯雨林、北極や南極のような極寒地ではどうでしょう。こういった場所でもその性能を100%発揮するようにするためには材料からして違いますし、また試験方法やその運用基準もまったく違ったものになります。そしてこれらの環境で100%の性能を発揮するための装備品を開発したり調達するための標準化文書を総称してMILスペックと考えてください。このMILスペックにはMilitary SpecificationやMilitary Standard、Drawing,やHandbookなど多種多様な文書が含まれます。数の上でMilitary Specificationが圧倒的に多いためこの標準化文書全体のことを総称してMILスペックと呼んでいるのです。
現在MILスペックはその数が3万件近くありますが、その内容は航空機や電子通信システムなどの部品や材料のみならず、靴や帽子、缶詰や鉛筆削りといった特殊な生活用品や事務用品に至るまで何でもあります。しかし近年こういった特殊で高価なMILスペック品は見直されて特例以外は民間品にとってかわるようになってきています。
さてこういった世界の技術標準の分野においてMILスペックほど膨大でかつ厳格な標準化文書は類例がありません。また頻繁に改訂や修正あるいは代替が繰り返され、ツリー構造をした参照文書方式であることも大変ユニークです。こういったことがユーザーや管理者にとっても大変わかりにくく、ゆえに誤解されている部分が多いのです。
一般的にいってMILスペック・ユーザは自分が考えていることがMILスペック上で容認されているかどうかを知りたがるのですが、残念ながら実際のスペックはそこまでユーザに好意的に書かれてはいません。それどころか誤字、脱字あるいは間違った数値はもとより、論理的におかしい条項も見受けられるのが現実です。
日本の多くのMILスペック・ユーザは一字一句を丹念に理解し改版や代替の理由、旧版との違いそしてその結果どのような問題があるのかを丁寧に調べます。それは日本人のもっている生真面目さによるところも多いのですが、MILスペックは日本人にとって苦手な英語、それも専門的な技術用語やまた法律用語で書かれていることに由来しているのではないかと思います。ですから私どもは常々このような問題の解決にはMILスペックの制定元に聞くのが一番であると言っています。それはMILスペック制定元は自分たちが制定したMILスペックをユーザに説明する義務と責任があるからです。
 
MILスペックの背景を少しでも理解していただくために、まずはこの辺の話をしましょう。米国では情報の自由法(FOIA: Freedom Of Information Act)というものがあり、公開情報に対しては情報公開する義務と責任がはっきりしています。それはまた逆に答えられないことや答える義務がない場合は無視することも当然の権利と受け止められているのです。そこで日本のMILスペックユーザがもし疑問に想ったことがあるなら何でも聞くことをお勧めするのはこういったことが当たり前であるからです。遠い日本の国からの質問に答えてくれるのかですって。少なくともMILスペック・ユーザである限り世界のどの国からであろうと受けてくれますし、また受ける義務があると考えています。こういったことは自由の国を標榜する米国たる所以でしょう。そこで得られた回答やアドバイスはスペック制定元の公式見解として開発や設計また調達の際の重要なエビデンスやバウチャーとして利用することができます。私どもが得た回答やアドバイスがどれだけ多くの日本のユーザに貢献したことでしょうか。こういったことを当たり前のように行うことがMILスペックを正しく使うことにつながると思っています。
ところで、日本の航空宇宙分野における標準化活動はMILスペックや海外航空機メーカのスペックに依存してきたために自ら整備する意識が不足しており、今後ともデファクト標準としてのMILスペックを常時把握できるようにモニター態勢の整備を検討する必要がある、とずいぶん昔から日本の産業界では提言してきたのですが、いまだに一部の企業を除いては米国主導の標準化体制には追随しておらず、局所的に方向性を見失っている感が強いのです。
例えば日本のユーザはMILスペックが改訂されるたびに内容を精査し部品や材料を決定しますが、受入検査時に多くの問題が生じていることも事実です。どうしてそうなるのかといえばその理由の多くは十分にMILスペックを理解していない部署や関連企業、取引先があるためなのです。ですから日本のMILスペック・ユーザがこれらの問題を全て解消するためには、環境を整備してMILスペックに関する情報収集能力や理解力、問題解決能力を高めることはもちろん、関連部門や取引先に対しても知識レベルの向上、問題解決能力のスキル・アップなど、横断的な意識改革を徹底する必要があります。そしてこのことは一企業にとどまらず業界全体の問題でもあります。
ところでもうひとつMILスペックを理解するうえでMILスペック改革について少し知っておくことが大切です。それはMILスペックの制定元である米国防総省(DOD)が1994年に取得改革のなかで、新しいスペック・スタンダードのあり方と題する通達を出しましたが、この通達の序論で米国政府は将来のために国を挙げて民間の最先端技術の導入と民間品を採用し官民の統合による安価で防衛ニーズにあった産業基盤の拡大を目指すとしました。それがいわゆるMILスペック改革と呼ばれています。
 
そして新しく重視されたことが従来からの慣習の打破でした。MILスペック環境における慣習の改革、いわゆるカルチャー・チェンジが抜本的に行われたのです。軍という特殊ゆえに硬直化した組織や機能そしてこれにより産業は停滞し不要なまでの性能や形式化された試験方法や監督検査などが温存されていました。そしてなによりもお金がかかることが大きな問題でした。そこでDODは率先して従来から慣習の打破を行いました。MILスペック改革の主な内容を見ますと不要なMILスペックは段階的に廃止し代わりに民間規格を登用するとしたのです。
 
この民間規格を採用することはMIL品から民生品に切り替えるということを意味しています。またできるだけ随意契約を避けて競争入札制度を取り入れました。MILスペックを利用する場合も出来るだけ参照源を減らし従来からのプロセスを指定した考えから結果のみを問うような形式に変更しました。こうして米国は国家事業としてMILスペックを含む標準化改革に挑み、不要な贅肉や老廃物を削ぎ西暦2010年計画はもとより300年後に向けて多くの先人が成してきた遺産を大切に継承していかなければならないとしたのです。
 
ところがそれから約10年後の2005年、大きな再編成がなされました。それまでは改革の方針によりMILスペックを適用する場合は事前に特別認定を受ける必要があったものを不要としたのです。何故米国がこのような方向転換をしたのでしょうか。その理由について2001年の同時多発テロが米国の国防ビジョンを大きく変えたことが原因であると言われています。また当初のMILスペック改革は主に資源不足や経済志向からくるもので逆に民間品の装備品への多数登用により国防の観点から不安が増加したという見方も浮上しました。そこでこの再編成ではMILスペックと民間規格を得意の分野や項目によって棲み分けさせることで新たにMILスペックの再活用を図るようにしたのがこの新しい標準化の流れとなっているのです。
 
ところで話は少し横道にそれますが、MILスペックと装備品の取得は表裏一体の関係にあります。DODでは装備品の識別は購入から廃棄に至るまでその単一品目の全ての機能(購入から廃棄まで)を用いることが法により定められています。これは1952年に施行された米国連邦政府によるカタログ制度の序文に掲げられていますが、1952年といえば日本では昭和27年です。当時日本は廃墟の中からようやく立ちあがりかけた年でサンフランシスコ条約が発効され、GHQが廃止された年でもあります。米国ではすでにこのようなコスト削減策の一環として装備品カタログ制度が始まっていたのです。MILスペックは現在でも当時のものが残っています。
 
さてMILスペックを説明するために民間規格とは何が違うのか、という観点からSAEのAMSスペックを例に話しましょう。SAEのAMSスペックはMILスペックとは違い、多くの製造メーカとそのユーザからの総意で成り立っています。そこでAMSスペックはこれらメーカやユーザの自由意志によるスペックであるといえます。ですからAMSスペックの利用に同意するということは、即ち経済的において無駄を省くことがすべてであるということです。AMSスペックに表示された寸法や製品特性はすべてを考慮した結果の表記となっています。そしてすべてのAMSスペックは記述的にも技術的にも有効であることを保証するために5年ごとの定期的な見直しが行われることになっています。AMSスペックはMILスペックとは違い、技術的にいかなる先端性があっても必ずしもスペック改訂の要因とはなりませんが、設計や製造にはお金がかかるだけにコストに関する要因はスペック改訂の最も基本的な要因となっているのです。AMSスペックは、航空宇宙分野における原材料の製造や使用を単純化することで大いに貢献していますが、MILスペックとは違い、製造メーカとユーザは一致協力し自発的にAMSスペックを使用することでお互いに協調しているのです。
 
MILスペックとこれら民間スペックとの違いを端的に表現するなら言葉の使い方が違うことを知る必要があります。例えばMILスペックでは普通、「Shall」という単語が多く使われます。Shallは動詞の強調であり、要求を表現するときに用いられるのです。このShallはMILスペックのセクション3,4,5で多用され、セクション1,2、6では用いられません。ということはスペック作成者はその気持ちをShallに託して、Shallに続く動詞を強調するために用いているのです。こShallの日本語訳は普通「するものとする」と訳されますがShallが使われる条項は「Mandate(命令や強制の意)」のもとで要求されるということを理解すべきなのです。なお、Shallの対角線上にある言葉としてMayがありますがこれは普通「することができる。」と訳されています。そこでMILスペックはその時代を反映しまたその時々の流れを組み込んで大きく変遷しているのですが、いわゆる従来の「するものとする」から「することができる」というように要求の度合いも変化しているのです。またMILスペックの内容には必須条項と参考条項があり、解釈の仕方もその2つを区別しなければなりません。上記のShallは必須条項で使用されますが、参考条項では使用されません。またMILスペックが代替されて民間スペックになると、スペック自体の「文化」も大きく変ることで、AMSスペックのようにまったく違う仕様書になってしまうことに注意をしなけれなりません。 
さて今回の前篇ではMILスペックを取り巻く環境や基本的な考え方などについて話してきました。次回(後篇)ではMILスペックの構成や内容についてわかりやすく説明をしましょう。(以下、次号「後篇」へ)